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2011年7月

2011年7月15日 (金)

『ボクは算数しか出来なかった』 小平邦彦 (17)

■算数だけでも

なんというか、嫉妬する。おぼっちゃまというのはずるい。恵まれた環境でのびのび育ち、
考える基準もそこで培われる。逸れるとしてもたががしれていて、悩むにしても余裕があ
り、他人への悪意が感じられない。悪意がないから困る。だからこういう自伝を書くのだ。
妬むこちらが惨めになる。

起こった出来事の振り返りが中心で中身はスカスカ、数学研究と趣味の音楽を取り除いた
ら何ものこらないんじゃないか。学者の履歴書としてはいいのかもしれないけれど、数学
者としての経歴ばかり、もっと色々あったでしょうに。生きる上での信条、信念といった
ものはまるで触れられず、苦労してない感じばかりが残る。

役人の親の元、モラトリアム人間よろしく成長し、戦中もさしたる苦労もせず親に頼る始
末。戦後の立ち直りもトントンのトンと進んでいく。当てのない論文を書いていたという
のは評価できるところかもしれないが、実体はそれしかできなかったというだけのことで、
戦争という現実から目を背けていただけではないのだろうか。そもそも日本の戦争もどこ
か人事みたいだしね。役人の息子は違いますな。戦中、いいタイミングで教授職に就き、
戦後もあっさり渡米する。私のぼんやりと知る戦争体験者の話とはまるで違う。やはりこ
ういうものなのか。

親の差、親の作った環境の差。専門バカになれるだけの環境は誰にでも与えられている訳
ではないのだ。努力してないとは思わないけれど、違いすぎて虚しくなった。おぼっちゃ
まは非難もしづらい。強いな。

★自伝評価
・オススメ :■■□□□
・役立ち   :■■□□□
・面白い   :■■□□□
・感動     :■■□□□

2011年7月 6日 (水)

『これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝』 赤塚不二夫 (16)

■気持ちのよい生き方とは

肩肘張らず流れるように生きる。自然体。自慢もするし恥もかく。できる範囲で最大限楽しもうとする。楽しそうなことに対して素直に寄っていくところなどまるで食べ物にふらふら引き寄せられる子犬のようだ。かわいらしい人である。

生きることに対する自在さ柔らかさが目立つ、それはもちろん面白い。しかし赤塚の他人に対するあり方こそが最も面白い。場の関係性をよみ、時に頭をひねっていたずらをする。ばれて怒られ、殴られる。そんな時でも赤塚は相手が最後には笑って許してくれることを期待している。嫌われるまではしかたがない、けれど恨まれるということを赤塚はひどく恐れていた。もちろんその原因は満州時代に見た光景が深く関わっているわけだけれど、これは人間関係の要諦だと思って間違いない。赤塚は他人の感情、それも不快面には決して踏み込まなかったのではないだろうか。あるいは恨まれることを恐れる反動から人を喜ばせ、笑わせるといったギャグの世界へ進んでいったのかもしれない。

戦後生まれの私には赤塚自叙伝が歴史的史料のように感じられる。特務警察の息子で満州育ち、現代っ子にはどちらもまるで縁がない。だからこそなおさら興味深く読める。ぼんやりと知識として知っていたことが体験者によって語られる。しかも文章がまた抜群に上手い。繋がりとしての赤塚両親と赤塚個人の部分、構成もまた上手い。さすが漫画家、表現という点ではやはり一流だ。自伝の見本。自伝を書こうと思っている人は必ず目を通すべきだろう。自伝の書き方はこの1冊を繰り返し読めばわかってくると思う。

ギャグ漫画における自慢話、功績といったものはまったく触れられておらず、隠しておいてもいい事、話さなくてもいいであろう事の方があけすけに書かれてある。成功を掴むまで、その過程における親子の繋がり、自伝ではありながら親子伝的な感じにも受け取れる。

いい自伝です。

★自伝評価
・オススメ :■■■■□
・役立ち   :■■■■■
・面白い   :■■■■□
・感動     :■■■■□

2011年7月 1日 (金)

『砂漠の女ディリー』 ワリス・ディリー (15)

■抵抗と決断

めちゃくちゃ面白い。自伝として秀逸、いろいろな読み方ができる。サクセスストーリーとしても読めるし異文化の出会い、一人の少女の成長物語、冒険譚、女性の社会的ありようなどいくらでも読み取り方はある。それぞれはサラリとした内容ながら複合的に絡まりあい、そこにファンタジー的面白さも合わさって本当に面白い。女性の見方あり方、感じ方も私には共感ではなく発見、新感覚として面白さに輪をかける。間違いなくおすすめ。

現実の話とは思えない。ほぼ同時代の現代にこのような世界が平行して存在している、まるで異世界の物語、ファンタジーか絵本かと思うほど。アフリカからアメリカへ、まるで過去から未来への急激なタイムスリップを体験しているようにワリスは生きている。結果をみれば薄っぺらく安っぽいサクセスストーリーとも見える。なんら成功の形も想像できないまま生き、漠然と所謂サクセスを手にする。ワリスは大きな成功が欲しかったわけではない、目の前のほんの小さな成功にかけ続けただけなのだ。つまり、いくらか楽観的ながらも、かすかな挑戦の繰り返しがワリスをここまでつれてきたのだといえる。ワリスの場合は一歩一歩が大きかったが、案外サクセスを手に入れる人というのはこういう些細な挑戦の繰り返しでのぼりつめていくものなのかもしれない。可能性の感じられないなか、それでも挑戦できる人だけが成功をつかめるのか。

人間関係の重要さも感じられた。実際に決断し行動するのは自分だが、ワリスの転機には必ず人が大きく関わってくる。自分だけでは話がまるですすまない、人が運命を連れてきて繋げてくれるのだ。考えると当たり前なのだけれど、つくづく人間は単独では生きられず、社会的に生きるものなのだなぁと思った。人との接し方は女性的なこずるさ、自己中心的な面ばかりが書かれていたが、そういった面だけでは判断がしづらい、書かれていないワリスの人付き合いにこそ重要なところがあるように感じる。女性による人付き合いの本を読みたくなった。

私の価値観とワリスの価値観の違いも面白い。生きてきた状況が違うとはいえここまで違うことに凄さを感じる。ワリスの成功のあり方も考え方からして違うようだし、素朴という感情もどちらかというと私には悲惨に片足をつっこんだ状態に見える。豊かかどうかも関係あるだろうが、それ以上に発想のスタートが違っていておもしろい。アフリカに行くと人生観が変わるに違いない。恐いけど必ず行こう。

FGMの問題についてはこれから、といったところで終わり。文化、宗教、現代的価値観で判断していいのか、とか色々思うけれどやっぱり私は現代人みたいです。根絶したとしてもこういった問題に取り組むときの姿勢って難しい。善悪は切り離せないし、その時代の主流派でごりおしするのは前時代のごりおしと何が違うのかわからない。理屈の問題も宗教と絡めれば間逆から成立させることもできちゃうだろうし。感情も時代によるだろう。むずかしすぎてよくわからない。そんなこと考えるのがそもそも無意味なのかもしれないしね。

女性がどんな風にこの自伝を読むのかにも興味がある。

★自伝評価
・オススメ :■■■■■
・役立ち   :■■■■■
・面白い   :■■■■□
・感動     :■■■■□

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