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2011年7月 1日 (金)

『砂漠の女ディリー』 ワリス・ディリー (15)

■抵抗と決断

めちゃくちゃ面白い。自伝として秀逸、いろいろな読み方ができる。サクセスストーリーとしても読めるし異文化の出会い、一人の少女の成長物語、冒険譚、女性の社会的ありようなどいくらでも読み取り方はある。それぞれはサラリとした内容ながら複合的に絡まりあい、そこにファンタジー的面白さも合わさって本当に面白い。女性の見方あり方、感じ方も私には共感ではなく発見、新感覚として面白さに輪をかける。間違いなくおすすめ。

現実の話とは思えない。ほぼ同時代の現代にこのような世界が平行して存在している、まるで異世界の物語、ファンタジーか絵本かと思うほど。アフリカからアメリカへ、まるで過去から未来への急激なタイムスリップを体験しているようにワリスは生きている。結果をみれば薄っぺらく安っぽいサクセスストーリーとも見える。なんら成功の形も想像できないまま生き、漠然と所謂サクセスを手にする。ワリスは大きな成功が欲しかったわけではない、目の前のほんの小さな成功にかけ続けただけなのだ。つまり、いくらか楽観的ながらも、かすかな挑戦の繰り返しがワリスをここまでつれてきたのだといえる。ワリスの場合は一歩一歩が大きかったが、案外サクセスを手に入れる人というのはこういう些細な挑戦の繰り返しでのぼりつめていくものなのかもしれない。可能性の感じられないなか、それでも挑戦できる人だけが成功をつかめるのか。

人間関係の重要さも感じられた。実際に決断し行動するのは自分だが、ワリスの転機には必ず人が大きく関わってくる。自分だけでは話がまるですすまない、人が運命を連れてきて繋げてくれるのだ。考えると当たり前なのだけれど、つくづく人間は単独では生きられず、社会的に生きるものなのだなぁと思った。人との接し方は女性的なこずるさ、自己中心的な面ばかりが書かれていたが、そういった面だけでは判断がしづらい、書かれていないワリスの人付き合いにこそ重要なところがあるように感じる。女性による人付き合いの本を読みたくなった。

私の価値観とワリスの価値観の違いも面白い。生きてきた状況が違うとはいえここまで違うことに凄さを感じる。ワリスの成功のあり方も考え方からして違うようだし、素朴という感情もどちらかというと私には悲惨に片足をつっこんだ状態に見える。豊かかどうかも関係あるだろうが、それ以上に発想のスタートが違っていておもしろい。アフリカに行くと人生観が変わるに違いない。恐いけど必ず行こう。

FGMの問題についてはこれから、といったところで終わり。文化、宗教、現代的価値観で判断していいのか、とか色々思うけれどやっぱり私は現代人みたいです。根絶したとしてもこういった問題に取り組むときの姿勢って難しい。善悪は切り離せないし、その時代の主流派でごりおしするのは前時代のごりおしと何が違うのかわからない。理屈の問題も宗教と絡めれば間逆から成立させることもできちゃうだろうし。感情も時代によるだろう。むずかしすぎてよくわからない。そんなこと考えるのがそもそも無意味なのかもしれないしね。

女性がどんな風にこの自伝を読むのかにも興味がある。

★自伝評価
・オススメ :■■■■■
・役立ち   :■■■■■
・面白い   :■■■■□
・感動     :■■■■□

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