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2011年6月12日 (日)

『春の草 私の生い立ち』 岡潔 (8)

■結論ありきの精神の生い立ち

自伝として過去を振り返っているとはいえない。出来事は振り返るけれどそれに付け足される言葉はすべて今(1966)の意見になっている。今、岡が考えることを裏付けるために自分の過去を引っ張り出しているといったところ。これは自伝というよりはエッセイですね。

育った環境も違うけれど何より時代が違うということを感じさせられた。まるで岡の言うところが私と噛み合わない、近づくことはあってもすれ違いどまり。根底となっているものが違うのだろうけれどよくわからないなぁ。解説が欲しい。

美意識とでもいうものが岡には流れている、そしてそれは素晴らしいものだと主張したいのだろう、けれど今の私から見ると違和感がある。美意識自体、その意味しているところには共感できるものも多い。しかし岡の人生を振り返りその美意識はこうして育まれたのだ、ということが書かれている部分、岡自身のエピソードがその美意識形成にあっていないように感じる。理想はいい、けれど後からのこじつけなんじゃないかなその形成過程、実態はだいぶ違うんじゃないかと疑ってしまう。

戦中に生まれた人がこの本をどう読むのかに興味がある。あるいは橋渡し役をしてもらわなければ岡の伝えたいことが私には伝わらない。前提が違いすぎるからだ。日本人という意識の移り変わり、出来事ではない、意識としての歴史の推移、新たな興味だ。

教訓めいたことが多いのは傲慢に見えてしまう。自伝からはそのときを生きていた自分といったものを読みたい。そして教訓はそのなかに忍ばせて読み手に受け取らせて欲しい。

もっとエッセイエッセイしたもので美意識を読むほうがいい。岡の使う用語をもう少し掘り下げなければニュアンスだけで終わってしまう。

★自伝評価
・オススメ :■■■□□
・役立ち   :■■■□□
・面白い   :■■□□□
・感動     :■■□□□

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