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2011年6月18日 (土)

『もぐらの歌‐アニメーターの自伝』 森やすじ (12)

■こんな人生のアニメーション

自伝を書く人にある武勇伝やなにがしかの偉業の達成といったものが書かれていない。アニメーターという分野での貢献はあるのかもしれないがそういった表現はなく、ただ時代のなかを生きる一人間としての自伝になっている。したがって怒涛の時代を生き、新分野の開拓に関わっているはずなのだが、森の雰囲気とあわさって妙に穏やかな作品になっている。

アニメの人なだけあって描写に可愛らしさがありコミカルな雰囲気もある。その分ポツポツとでてくるキツメな表現に驚いたりさせられる。濁点のない文体は読みにくいが、優しく語りかけられるような感じで表現というものを考えられてきた人なのだなと思う。

アニメで生きてきた人なだけあってこの自伝もおそらくアニメ的にできている。まるで全12回の15分アニメのようで、アニメの原案をつくる工程とその素材を見せてもらっているような感じだ。それはあとがきからもわかる。終わったアニメが終わっていないという感覚、達成感と寂しさ、終わっているのに続いているという違和感、そんなことを感じていることが率直な表現で書かれている。

本の後ろに載っている高畑勲の書く森が読んでイメージする森そのままで驚いた。こんな人物だろうと想像して読み、そのままが、実際にあったことのある人によって裏付けられているのだから「文は人なり」というのが2重に証明されているような気がする。

戦争中の炎や飛行機の表現にキラキラ、幻想的といった表現を使うのには違和感を覚えてしまう。もちろん森の見たまま思ったままを書いているのだし、当時を本当に生きているわけなのだけれど、私のほうがそういった表現に違和感を覚えるということは反戦教育と表現の規制がセットになっているのかなとも思ってしまった。変なの。

この世代の人と話すと、キリッとした目でとても優しいのだが、急に残酷なことを当たり前なことのように話される人が多い。これはなんなのか。ふり幅の大きさがスケールの大きさになっているのか。価値観が変わってしまっているのだろうけれど、戦中世代の人とのジェネレーションギャップだけは埋められない程大きいと思う。

色々書きづらかったかな。アニメ的に書かれているからアニメ業界で働く人には構造的にヒントがあるのかもしれない、けれど普通に生きる人の人生をアニメ的にこの枚数で書かれると食い足りない感じがしてしまう。アッサリめ。もっと読みたいと思う。過不足なしではもったいない。

★自伝評価
・オススメ :■■■□□
・役立ち   :■■□□□
・面白い   :■■■□□
・感動     :■■■□□

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